『中庸』の書き下し文と現代語訳:16

儒教(儒学)の基本思想を示した経典に、『論語』『孟子』『大学』『中庸』の四書(ししょ)がありますが、ここでは極端な判断を避けてその状況における最適な判断を目指す中庸(ちゅうよう)の大切さ・有利さを説いた『中庸』の解説をしています。『中庸』も『大学』と同じく、元々は大著『礼記』の中にある一篇ですが、『史記』の作者である司馬遷(しばせん)は『中庸』の作者を子思(しし)としています。

中庸の徳とは『大きく偏らない考えや判断に宿っている徳』という意味であるが、必ずしも全体を足して割った平均値や過不足のない真ん中のことを指しているわけではない。中庸の“中”は『偏らないこと』、“庸”は『普通・凡庸であること』を意味するが、儒教の倫理規範の最高概念である中庸には『その場における最善の選択』という意味も込められている。『中庸』の白文・書き下し文・現代語訳を書いていきます。

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金谷治『大学・中庸』(岩波文庫),宇野哲人『中庸』(講談社学術文庫),伊與田覺『『中庸』に学ぶ』(致知出版社)

[白文]

右第二十章

天下之達道五。所以行之者三。曰、君臣也。父子也。夫婦也。昆弟也。朋友之交也。五者天下之達道也。知仁有三者、天下之達徳也。所以行之者、一也。或生而知之、或学而知之、或困而知之。及其知之、一也。或安而行之、或利而行之、或勉強而行之。及其成功、一也。

[書き下し文]

右第二十章

天下の達道五(たつどうご)。これを行う所以の者三。曰く君臣なり。父子なり。夫婦なり。昆弟(こんてい)なり。朋友の交わりなり。五つの者は天下の達道なり。知仁勇の三つの者は天下の達徳(たつとく)なり。これを行う所以の者は一なり。或いは生まれながらにしてこれを知り、或いは学んでこれを知り、或いは困しんで(くるしんで)これを知る。そのこれを知るに及んでは一なり。或いは安んじてこれを行い、或いは利してこれを行い、或いは勉強してこれを行う。その功を成すに及んでは一なり。

[現代語訳]

天下にある者すべてが古今から実践すべき優れた道が五つある。この道を実践するに当たって必要なものは三つある。五つの道とは、君臣である、父子である、夫婦である、昆弟である、朋友との交わりである。この五つのものは、天下にある者すべてが守るべき優れた道である。知・仁・勇の三つのものは、天下のすべての者に通用する素晴らしい徳である。この徳を実践するのに必要なものは一つの誠である。ある者は生まれながらにしてこの道を知り、ある者は学んでからこの道を知り、ある者は苦しんだ後にようやくこの道を知る。しかし、この道を知ることができたという意味ではそれらは同じ一つのものである。行動においては、ある者は簡単にやってしまう、ある者は利益のために行う、ある者は必死に勉強して行う。しかし、実際に行動して成功したのであればそれらは同じ一つのものである。

[補足]

天下において時代を問わずに普遍的に通用する五つの道を上げている。『君臣・父子・夫婦・兄弟姉妹・朋友』との秩序と礼節のある人間関係は、儒教の基本的な道徳と重なるものである。素晴らしい徳性としてここでは『知・仁・勇』を上げているが、『知を得るための複数の手段・過程』と『行動を実践するための複数の手段・過程』について説明している。そしてこの章では、『結果としての知・行動』に価値が置かれており、簡単に学んだ者も必死に学んだ者も結果として『同じ知』を得たのであれば『両者は同じ価値』なのだという合理主義の精神が示されている。

[白文]

子曰、好学近乎知、力行近乎仁、知恥近乎勇。知斯三者、則知所以修身。知所以修身、則知所以治人。知所以治人、則知所以治天下国家矣。

[書き下し文]

子曰く、学を好むは知に近く、力行(りきこう)は仁に近く、恥を知るは勇に近し。この三者を知れば、則ち身を修むる所以を知る。身を修むる所以を知れば、則ち人を治むる所以を知る。人を治むる所以を知れば、則ち天下国家を治むる所以を知る。

[現代語訳]

先生がおっしゃった。学を好むというのは知そのものではないが知に近い、努力して怠らないのは仁そのものではないが仁に近い、恥を知るというのは勇そのものではないが勇に近い。この三つの徳を知れば、自分自身の身を修める方法を知ることができる。自分の身を修める方法を知れば、人を治める方法を知ることができる。人を治める方法を知れば、それは天下国家を統治する方法を知っているも同然である。

[補足]

儒教の階層的な徳治主義では『修身・斉家・治国・平天下』の段階を説いているが、ここでは『知・仁・勇』の三徳を修得することがそのまま修身につながるのだと語っている。『修身・治人・平天下』の階層的な目的意識が同時に示されている。

[白文]

凡為天下国家有九経。曰、修身也。尊賢也。親親也。敬大臣也。体群臣也。子庶民也。来百工也。柔遠人也。懐諸侯也。

[書き下し文]

凡そ(およそ)天下国家を為むる(おさむる)に九経(きゅうけい)あり。曰く身を修むるなり。賢(けん)を尊ぶなり。親(しん)を親しむなり。大臣を敬するなり。群臣を体(たい)するなり。庶民を子とするなり。百工を来すなり。遠人(えんじん)を柔らぐるなり。諸侯を懐くる(なつくる)なり。

[現代語訳]

およそ天下国家を治めるには、万古不易の九つの法(原則)がある。それは、修身である。賢者を尊敬することである。親族と親しくすることである。大臣を敬うことである。群臣を思いやることである。庶民を子と思って守ることである。百工の職人を呼び集めることである。遠方からやって来てくれる商人などを懐柔することである。諸侯と親しくして主君に反旗を翻す危険を無くすことである。

[補足]

天下国家を太平に統治するための『9つの基本原則』を分かりやすく紹介している。争わずして勝つ、君主の徳性・人柄によって統治するというのが『儒教らしい徳治主義の精髄』である。ここでも身内や庶民を大切にして、(ライバルになる可能性のある)諸侯とは懇意にすることの重要性が記されている。

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