『枕草子』の現代語訳:141

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

このウェブページでは、『枕草子』の『常に文おこする人の、「なにかは。言ふにもかひなし。今は」と言ひて、またの日、音もせねば~』の部分の原文・現代語訳を紹介します。

参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

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[古文・原文]

278段

常に文おこする人の、「なにかは。言ふにもかひなし。今は」と言ひて、またの日、音もせねば、さすがに明けたてば、さし出づる文の見えぬこそ、さうざうしけれと思ひて、「さても、きはぎはしかりける心かな」と言ひて暮しつ。

またの日、雨のいたく降る昼まで音もせねば、「無下に思ひ絶えにけり」など言ひて、端の方(はしのかた)に居たる夕暮に、笠さしたる者の持て来たる文を、常よりも疾くあけて見れば、「水増す雨の」とある、いと多く詠み出だしつる歌どもよりも、をかし。

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[現代語訳]

278段

いつも手紙を寄越してくる人が、「何なのだ。言うべき価値もない。今はここまで」と言って、次の日も音沙汰がないので、さすがに夜が明けてみると、使者が差し出す手紙も見えないのが、物足りないなと思えて、「それにしても、際立った性格であることよ」と言って日が暮れた。

その翌日、雨がひどく降る昼までも音沙汰がなければ、「完全に思う気持ちがなくなってしまったのだ」などと言って、端の近くに座っていた夕暮れの頃に、笠をさした者が持ってきた手紙を、いつもより早く開けて見れば、「水増す雨の」とだけ書いてある、この歌にはとても多く詠んでいる歌よりもしみじみとした情趣がある。

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[古文・原文]

279段

今朝はさしも見えざりつる空の、いと暗うかき曇りて、雪のかきくらし降るに、いと心細く見出すほどもなく、白う積りて、なほいみじう降るに、随身(ずいじん)めきて細やかなる男の、笠さして、側の方(そばのかた)なる塀の戸より入りて、文をさし入れたるこそ、をかしけれ。

いと白き陸奥紙(みちのくがみ)、白き色紙の、結びたる上に引きわたしける墨の、ふと氷りにければ、末薄(すそうす)になりたるを、開けたれば、いと細く巻きて結びたる巻目は、こまごまとくぼみたるに、墨のいと黒う薄く、行狭(くだりせば)に、裏表書き乱りたるを、うち返し久しう見るこそ、何事ならむと、よそにて見やりたるも、をかしけれ。まいて、うちほほゑむ所は、いとゆかしけれど、遠う居たるは、黒き文字などばかりぞ、さなめりとおぼゆるかし。

額髪(ひたいがみ)長やかに、面様(おもよう)よき人の、暗きほどに文を得て、火ともす程も心もとなきにや。火桶の火を挟みあげて、たどたどしげに見居たるこそ、をかしけれ。

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[現代語訳]

279段

今朝はそんなように見えなかった空が、とても暗くかき曇って、雪が辺りを暗くして降るので、とても心細く外を見ているうちに、白く雪が積もって、なお激しく降るのに、随身らしい細い体格の男が、笠をさして、横のほうの塀の戸から入ってきて、手紙を差し入れたのは、風情がある。

真っ白な陸奥紙(みちのくがみ)、白い色紙の、結んだ上に引きわたした封じ目の墨が、ふと凍ってしまったので、下のほうの墨が薄くなっているのを、開けてみると、とても細く巻いて結んだその巻き目は、こまごまとくぼんでいるのに、墨がとても黒々としていてまた薄く、行間も狭く、裏表にわたって書き乱れているのも、繰り返し長くかかって読んでいるのは、どんな手紙の内容なのかと、傍から見ているのも、面白い。まして、読みながら微笑むところは、とても書いてあることの内容を知りたいけれど、遠くに座っている時は、黒い文字などばかりが、それなのだろうと思われる。

額髪(ひたいがみ)が長くて、容姿の良い人が、暗い時間に手紙を受け取って、火を灯す間さえ待ち遠しいのであろう。火桶の火を挟みあげて、たどたどしく手紙を見ているのは、面白い。

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