『源氏物語』の“紅葉賀”の現代語訳:15

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紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『源氏物語』は大勢の女性と逢瀬を重ねた貴族・光源氏を主人公に据え、平安王朝の宮廷内部における恋愛と栄華、文化、無常を情感豊かに書いた長編小説(全54帖)です。『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。

『源氏物語』の主役である光源氏は、嵯峨源氏の正一位河原左大臣・源融(みなもとのとおる)をモデルにしたとする説が有力であり、紫式部が書いた虚構(フィクション)の長編恋愛小説ですが、その内容には一条天皇の時代の宮廷事情が改変されて反映されている可能性が指摘されます。紫式部は一条天皇の皇后である中宮彰子(藤原道長の長女)に女房兼家庭教師として仕えたこと、『枕草子』の作者である清少納言と不仲であったらしいことが伝えられています。『源氏物語』の“七月にぞ后ゐ給ふめりし。源氏の君、宰相になり給ひぬ。帝、下りゐさせ給はむの御心づかひ近うなりて~”を、このページで解説しています。

参考文献
『源氏物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),玉上琢弥『源氏物語 全10巻』(角川ソフィア文庫),与謝野晶子『全訳・源氏物語 1~5』(角川文庫)

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[古文・原文]

七月にぞ后ゐ給ふめりし。源氏の君、宰相になり給ひぬ。帝、下りゐさせ給はむの御心づかひ近うなりて、この若宮を坊に、と思ひ聞こえさせ給ふに、御後見し給ふべき人おはせず。御母方の、みな親王たちにて、源氏の公事しり給ふ筋ならねば、 母宮をだに動きなきさまにしおきたてまつりて、強りにと思すになむありける。

弘徽殿(こきでん)、いとど御心動き給ふ、ことわりなり。されど、「春宮の御世、いと近うなりぬれば、疑ひなき御位なり。思ほしのどめよ」とぞ聞こえさせ給ひける。「げに、春宮の御母にて二十余年になり給へる女御をおきたてまつりては、引き越したてまつり給ひがたきことなりかし」と、例の、やすからず世人も聞こえけり。

[現代語訳]

七月に、后がお立ちになるようだった。源氏の君は、宰相になられた。帝は、御譲位あそばすお心づもりが近くなって、この若君を春宮(皇太子)に、とお思いになられるが、御後見をなさるべき方がいらっしゃらない。御母方が、みんな親王方で、源氏(皇族)が政治を執るべき筋合ではないので、母宮だけでも揺るぎない地位にお就け申して、お力にと思われるのであった。

弘徽殿の女御(にょうご)が、ますます心が穏やかでないのは、道理である。けれども、「春宮の御世が、とても近くなっているのだから、疑いない御地位である。ご安心なされよ」と帝は(弘徽殿の女御を)お慰め申し上げられるのであった。「なるほど、春宮の御母堂として二十余年におなりの女御を差し置いて、先にお越し申されるのは難しいことだ」と、例によって、穏やかならず世間の人も噂をするのであった。

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[古文・原文]

参り給ふ夜の御供に、宰相君も仕うまつり給ふ。同じ宮と聞こゆるなかにも、后腹の皇女、玉光りかかやきて、たぐひなき御おぼえにさへものし給へば、人もいとことに思ひかしづき聞こえたり。まして、わりなき御心には、御輿のうちも思ひやられて、いとど及びなき心地し給ふに、すずろはしきまでなむ。

[現代語訳]

参内なされる夜のお供に、宰相君もお仕え申し上げられる。同じ宮と申し上げる中でも、后腹の内親王で、玉のように美しく光り輝いて、類ない帝の御寵愛をさえ受けていらっしゃるので、世間の人々もとても大切にご奉仕を申し上げた。まして、源氏の君の切ないお心では、御輿の中も思いやられて、ますます手の届かない存在になった気持ちがして、じっとしていられないように思われた。

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[古文・原文]

「尽きもせぬ 心の闇に 暮るるかな 雲居に人を 見るにつけても」とのみ、独りごたれつつ、ものいとあはれなり。

皇子は、およすけ給ふ月日に従ひて、いと見たてまつり分きがたげなるを、宮、いと苦し、と思せど、思ひ寄る人なきなめりかし。げに、いかさまに作り変へてかは、劣らぬ御ありさまは、世に出でものし給はまし。月日の光の空に通ひたるやうに、ぞ世人も思へる。

[現代語訳]

「尽きない恋心の闇に暮れている、はるか高い地位につかれるお方を仰ぎ見るにつけても」とだけ独り言を言って、何事につけても切なく感じられた。

皇子は、ご成長なさっていく月日に従って、とてもお見分け申しがたいほどであられるのを、宮は、本当に辛い、とお思いになるが、(源氏の子だと)気づく人はいないらしい。なるほど、どのように作り変えたならば、劣らないくらいのお方がこの世にお生まれになるだろうか。月と日が似て光り輝いているのと同じように、世人も思っていた。

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