33.紀友則 ひさかたの〜 小倉百人一首

優れた歌を百首集めた『小倉百人一首』は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した公家・歌人の藤原定家(1162-1241)が選んだ私撰和歌集である。藤原定家も藤和俊成の『幽玄(ゆうげん)』の境地を更に突き詰めた『有心(うしん)』を和歌に取り入れた傑出した歌人である。『小倉百人一首』とは定家が宇都宮蓮生(宇都宮頼綱)の要請に応じて、京都嵯峨野(現・京都府京都市右京区嵯峨)にあった別荘・小倉山荘の襖の装飾のために色紙に書き付けたのが原型である。

小倉百人一首は13世紀初頭に成立したと考えられており、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院までの優れた100人の歌を集めたこの百人一首は、『歌道の基礎知識の入門』や『色紙かるた(百人一首かるた)』としても親しまれている。このウェブページでは、『33.紀友則 ひさかたの〜』の歌と現代語訳、簡単な解説を記しています。

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鈴木日出男・依田泰・山口慎一『原色小倉百人一首―朗詠CDつき』(文英堂・シグマベスト),白洲正子『私の百人一首』(新潮文庫),谷知子『百人一首(全)』(角川文庫)

[和歌・読み方・現代語訳]

ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ

紀友則(きのとものり)

ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しずこころなく はなのちるらん

日の光がのどかに感じられる春の日に、どうして落ち着いた心も持たないように、桜の花は散っていくのだろうか。

[解説・注釈]

紀友則(きのとものり,生没年不詳)は平安前期に活躍した三十六歌仙の一人であり、35番作者の紀貫之(きのつらゆき)の従兄弟に当たる人物である。『古今和歌集』の撰者の一人として歌の選定に当たっていたが、それが完成する前に没している。

春の穏やかな日差しを受けながら、止めどなく散っていく桜の動態的な美しさを見事に切り取った生き生きとした絵画のような和歌である。桜が散る儚い姿は一般的には、仏教の『無常観』に由来する『日本的な美学』として捉えられがちであるが、この歌では『儚さ・虚しさの無常観』ではなく『落下を続ける桜の瞬間的・絵画的な美しさ』を表現することに重点が置かれているのではないかと思う。春の明るく暖かな日差しの中で、ピンク色の桜の花びらが舞い散っていく美しさは、日本的な叙情の風景として極めて普遍的なものでもある。

『ひさかたの』は光にかかる枕詞であるが、声に出して読んでみても非常にリズム感が良い歌であり、『永遠と刹那の美しさ』の双方をイメージさせられる明るい幻想(白昼夢)に誘われるような歌である。

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