『源氏物語』の現代語訳:夕顔6

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紫式部が平安時代中期(10世紀末頃)に書いた『源氏物語(げんじものがたり)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『源氏物語』は大勢の女性と逢瀬を重ねた貴族・光源氏を主人公に据え、平安王朝の宮廷内部における恋愛と栄華、文化、無常を情感豊かに書いた長編小説(全54帖)です。『源氏物語』の文章は、光源氏と紫の上に仕えた女房が『問わず語り』したものを、別の若い女房が記述編纂したという建前で書かれており、日本初の本格的な女流文学でもあります。

『源氏物語』の主役である光源氏は、嵯峨源氏の正一位河原左大臣・源融(みなもとのとおる)をモデルにしたとする説が有力であり、紫式部が書いた虚構(フィクション)の長編恋愛小説ですが、その内容には一条天皇の時代の宮廷事情が改変されて反映されている可能性が指摘されます。紫式部は一条天皇の皇后である中宮彰子(藤原道長の長女)に女房兼家庭教師として仕えたこと、『枕草子』の作者である清少納言と不仲であったらしいことが伝えられています。『源氏物語』の“をかしげなる 侍童の、姿このましう、”が、このページによって解説されています。

参考文献
『源氏物語』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),玉上琢弥『源氏物語 全10巻』(角川ソフィア文庫),与謝野晶子『全訳・源氏物語 1~5』(角川文庫)

[古文・原文]

をかしげなる侍童の、姿このましう、ことさらめきたる、指貫の裾、露けげに、花の中に混りて、朝顔折りて参るほどなど、絵に描かまほしげなり。

大方に、うち見たてまつる人だに、心とめたてまつらぬはなし。物の情け知らぬ山がつも、花の蔭には、なほやすらはまほしきにや、この御光を見たてまつるあたりは、ほどほどにつけて、我がかなしと思ふ女を、仕うまつらせばやと願ひ、もしは、口惜しからずと思ふ妹など持たる人は、卑しきにても、なほ、この御あたりにさぶらはせむと、思ひ寄らぬはなかりけり。

まして、さりぬべきついでの御言の葉も、なつかしき御気色を見たてまつる人の、すこし物の心思ひ知るは、 いかがはおろかに思ひきこえむ。明け暮れうちとけてしもおはせぬを、心もとなきことに思ふべかめり。

[現代語訳]

可愛らしい童侍で容姿が整っている子が、指貫の袴を露で濡らしながら、草花の中へ入っていき朝顔の花を手折って持ってきてくれるなど、絵に描きたいほどの景色である。

大まかに、源氏君を遠くから見て知っているだけという人でも、その美しさに心を留めないという人はいない。情趣の分からない山男でも、休憩場所には桜の木陰を選ぶように、その輝かしいばかりの美しさを拝見する人々は、その身分に応じて自分の可愛いと思っている娘をご奉公に差し上げたいと願う。恥ずかしくないと思う姉妹などを持っている人は、たとえ卑しい下仕えの仕事であっても、やはりこのお方の側でご奉公させたいと思わない者はいなかったのである。

まして、何かのついでにお言葉を頂いたり、優しそうなお姿を見た人で、少しでも物の趣きが分かるような人であれば、どうして源氏君をいい加減にお思い申し上げることなどできようか。一日中、源氏がくつろいだ楽しんでいないご様子でないのを見ると、残念なことに思われてしまうのである。

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[古文・原文]

まことや、かの惟光が預かりのかいま見は、いとよく案内見とりて申す。

『その人とは、さらにえ思ひえはべらず。人にいみじく隠れ忍ぶる気色になむ見えはべるを、つれづれなるままに、南の半蔀ある長屋にわたり来つつ、車の音すれば、若き者どもの覗きなどすべかめるに、この主とおぼしきも、はひわたる時はべかめる。容貌なむ、ほのかなれど、いとらうたげにはべる。

一日、前駆追ひて渡る車のはべりしを、覗きて、童女の急ぎて、『右近の君こそ、まづ物見たまへ。中将殿こそ、これより渡りたまひぬれ』と言へば、また、よろしき大人出で来て、『あなかま』と、手かくものから、『いかでさは知るぞ、いで、見む』とて、はひ渡る。

打橋だつものを道にてなむ通ひはべる。急ぎ来るものは、衣の裾を物に引きかけて、よろぼひ倒れて、橋よりも落ちぬべければ、『いで、この葛城の神こそ、さがしうしおきたれ』と、むつかりて、物覗きの心も冷めぬめりき。

[現代語訳]

それから、あの惟光が受け持っていた五条の女の偵察は、かなり詳しく女に関する情報を探ってきていた。

『まだ誰であるかは、はっきりとは分かりません。世間から隠れて棲んでいる様子にも見えますが、暇があるので南側の半蔀のある長屋に移ってきており、牛車の音がすると、若い女房たちが覗き見などをしているようです。この主人と思われる女も、そこに来ることがあるようです。女の容姿は、ぼんやりとしてはいましたが、非常に可愛らしい様子でございました。

先日は、先払いをして通る牛車がございましたが、覗き見て、女童が急いで、『右近さん、早く御覧ください。中将殿がここを通り過ぎてしまわれますよ。』と言うと、また見苦しくない女房が出て来て、『お静かに』と手で制しましたが、『どうしてそうだと分かるのですか、さぁ、見てみよう。』と言って渡って来ます。

打橋のような細い場所を通路にして、行き来しておりました。急いで渡ろうとすると、女は衣の裾を何かに引っ掛けてよろよろ倒れてしまい、橋から落ちてしまいそうになったので、『まぁ、この葛城の神は危ないものを作られたのだろうか。』と、文句ばかり言って、覗き見をする気持ちも冷めてしまわれたようでした。

[古文・原文]

『君は、御直衣姿にて、御随身どももありし。なにがし、くれがし』と数へしは、頭中将の随身、その小舎人童をなむ、しるしに言ひはべりし』など聞こゆれば、

『たしかにその車をぞ見まし』とのたまひて、『もし、かのあはれに忘れざりし人にや』と、思ほしよるも、いと知らまほしげなる御気色を見て、

『私の懸想もいとよくしおきて、案内も残るところなく見給へおきながら、ただ、我れどちと知らせて、物など言ふ若きおもとのはべるを、そらおぼれしてなむ、隠れまかり歩く。いとよく隠したりと思ひて、小さき子どもなどのはべるが言誤りしつべきも、言ひ紛らはして、また人なきさまを強ひてつくりはべる』など、語りて笑ふ。

『尼君の訪ひにものせむついでに、かいま見せさせよ』とのたまひけり。

かりにても、宿れる住ひのほどを思ふに、『これこそ、かの人の定め、あなづりし 下の品ならめ。その中に、思ひの外にをかしきこともあらば』など、思すなりけり。

[現代語訳]

『車に乗っていた人は直衣姿で、御随身たちもいましたが、あの人は誰、この人は誰』と数えていたのは、頭中将の随身やその小舎人童の名前でした』と申し上げると、

『確かにその車の主を見たのであれば良かったのに。』とおっしゃって、『もしかして、あの頭中将が愛しくて忘れ難かったという女なのだろうか。』と思い、惟光は源氏君のとても知りたそうなご様子を見て、

『私自身の恋愛(懸想)も上手くいっておりまして、その家の事情もかなり知っておりますが、相手の女は、ただ同じ同僚の女がいるだけだと思わせて、話しかけてくる若い近習などもございますので、私もとぼけたふりなどして、隠れて通っています。非常に上手く隠していると思っていて、小さい子供がうっかり言い間違いそうになるのも何とかごまかして、誰も男などはいないといった感じを装っています。』などと話して笑う。

『尼君のお見舞いに行った時に、隣を覗き見させてくれ。』と源氏君はおっしゃるのだった。

一時的な滞在であっても、住んでいる家の程度を思うと、『これがあの左馬頭が判定して貶めた下の品であろうが、その低い身分の女たちの中に、予想外の面白い素敵な女がいたら。』などと源氏はお思いになるのであった。

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