39.参議等 浅茅生の〜 小倉百人一首

優れた歌を百首集めた『小倉百人一首』は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した公家・歌人の藤原定家(1162-1241)が選んだ私撰和歌集である。藤原定家も藤和俊成の『幽玄(ゆうげん)』の境地を更に突き詰めた『有心(うしん)』を和歌に取り入れた傑出した歌人である。『小倉百人一首』とは定家が宇都宮蓮生(宇都宮頼綱)の要請に応じて、京都嵯峨野(現・京都府京都市右京区嵯峨)にあった別荘・小倉山荘の襖の装飾のために色紙に書き付けたのが原型である。

小倉百人一首は13世紀初頭に成立したと考えられており、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院までの優れた100人の歌を集めたこの百人一首は、『歌道の基礎知識の入門』や『色紙かるた(百人一首かるた)』としても親しまれている。このウェブページでは、『39.参議等 浅茅生の〜』の歌と現代語訳、簡単な解説を記しています。

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鈴木日出男・依田泰・山口慎一『原色小倉百人一首―朗詠CDつき』(文英堂・シグマベスト),白洲正子『私の百人一首』(新潮文庫),谷知子『百人一首(全)』(角川文庫)

[和歌・読み方・現代語訳]

浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき

参議等(さんぎひとし)

あさじふの おののしのはら しのぶれど あまりてなどか ひとのこいしき

浅茅の生えている小野の篠原、その『しの』のように耐えて忍んできたけれど(もう耐え切れない気持ちになり)、思い余ってしまいどうしてこんなにあなたのことが恋しいのだろうか。

[解説・注釈]

参議等(さんぎひとし,880〜951)とは、源等(みなもとのひとし)のことである。源等は平安中期の歌人であるが、その和歌は『後撰和歌集』なども含めて4首だけしか知られておらず、歌人としての評価は高いとは言えないが、撰者の藤原定家は『恋愛の苦悩・衝動』を詠んだこの歌を好んでいたようである。源等は嵯峨天皇の曾孫であり、中納言・源希の子である。

『浅茅生(あさじう)』というのは現代では聞き慣れない言葉であるが、背丈の低い茅萱(ちがや)が生えている荒野のような場所である。『小野』はただの野原を意味し、『篠原』は篠竹が生えている場所を意味しているが、この歌には『古今和歌集』に下敷きとなった元の歌がある。耐え忍んできた愛しい恋心を、遂に抑えきれなくなってしまうという『荒々しい恋愛感情の高ぶり・混乱』を上手く表現している。

元になっている古今和歌集の歌は、『浅茅生の 小野の篠原 しのぶとも 人知るらめや いふ人なしに』というものだが、この歌よりも源等の歌のほうが『怒涛のような恋の激情・不条理な恋愛の苦悩の耐え難さ』が良く表現できていると思う。

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