46.曾禰好忠 由良の門を〜 小倉百人一首

優れた歌を百首集めた『小倉百人一首』は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した公家・歌人の藤原定家(1162-1241)が選んだ私撰和歌集である。藤原定家も藤和俊成の『幽玄(ゆうげん)』の境地を更に突き詰めた『有心(うしん)』を和歌に取り入れた傑出した歌人である。『小倉百人一首』とは定家が宇都宮蓮生(宇都宮頼綱)の要請に応じて、京都嵯峨野(現・京都府京都市右京区嵯峨)にあった別荘・小倉山荘の襖の装飾のために色紙に書き付けたのが原型である。

小倉百人一首は13世紀初頭に成立したと考えられており、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院までの優れた100人の歌を集めたこの百人一首は、『歌道の基礎知識の入門』や『色紙かるた(百人一首かるた)』としても親しまれている。このウェブページでは、『46.曾禰好忠 由良の門を〜』の歌と現代語訳、簡単な解説を記しています。

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鈴木日出男・依田泰・山口慎一『原色小倉百人一首―朗詠CDつき』(文英堂・シグマベスト),白洲正子『私の百人一首』(新潮文庫),谷知子『百人一首(全)』(角川文庫)

[和歌・読み方・現代語訳]

由良の門を 渡る船人 梶を絶え 行方も知らぬ 恋の道かな

曾禰好忠(そねのよしただ)

ゆらのとを わたるふなびと かじをたえ ゆくえもしらぬ こいのみちかな

由良の門を漕いで渡る船人が、櫂(かい)を無くしてしまい、どこに向かえば良いのか分からなくなった。それと同じように私の歩んでいる悲しい恋の道も、どこに向かえば良いのか分からずに物思いに暮れている。

[解説・注釈]

曾禰好忠(そねのよしただ,生没年不詳)は、丹後掾(たんごのじょう)を務めた平安中期の歌人で三十六歌仙の一人に数えられている。曾禰好忠は呼ばれてもいない円融天皇の御幸に勝手に駆けつけて、みすぼらしい恰好をしたまま、『自分よりも優れた歌人はいない』などと叫んで追い出されるなど、常識外れの奇行で目立っていた人物でもあったが、情景に気持ちを重ね合わせるような独自の魅力的な歌風を持っている。

『由良の門』というのは、現在の京都府宮津市の由良川の河口、あるいは和歌山県の由良の崎という海に突き出した地名のことと考えられている。海(川)で舟を漕いでいた船人が、船を漕ぐための櫂を無くしてしまって、前にも後ろにも進むことができなくなって茫然自失の態に陥っている姿が描かれているのだが、この『行方も知らぬ』の苦しみと迷いが恋愛にまで投影されていく歌である。

直接的に目で見て観察することのできない『恋愛(男女関係)の苦しみ・迷い』を、実際に目で見ることができる『櫂を無くして困っている船人の情景』に移し替えて見事に表現している。捉えどころのない恋愛の心理を、『海の中で途方に暮れる船人の風景』に置き換えてしまう発想が個性的であり、百人一首の中でも素朴な魅力を感じさせてくれる歌になっている。

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