58.大弐三位 有馬山~ 小倉百人一首

優れた歌を百首集めた『小倉百人一首』は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活躍した公家・歌人の藤原定家(1162-1241)が選んだ私撰和歌集である。藤原定家も藤和俊成の『幽玄(ゆうげん)』の境地を更に突き詰めた『有心(うしん)』を和歌に取り入れた傑出した歌人である。『小倉百人一首』とは定家が宇都宮蓮生(宇都宮頼綱)の要請に応じて、京都嵯峨野(現・京都府京都市右京区嵯峨)にあった別荘・小倉山荘の襖の装飾のために色紙に書き付けたのが原型である。

小倉百人一首は13世紀初頭に成立したと考えられており、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院までの優れた100人の歌を集めたこの百人一首は、『歌道の基礎知識の入門』や『色紙かるた(百人一首かるた)』としても親しまれている。このウェブページでは、『58.大弐三位 有馬山~』の歌と現代語訳、簡単な解説を記しています。

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鈴木日出男・依田泰・山口慎一『原色小倉百人一首―朗詠CDつき』(文英堂・シグマベスト),白洲正子『私の百人一首』(新潮文庫),谷知子『百人一首(全)』(角川文庫)

[和歌・読み方・現代語訳]

有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする

大弐三位(だいにのさんみ)

ありまやま いなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする

有馬山から猪名の笹原に風が吹き降ろしてきて笹の葉がそよそよと揺れている。私があなた(愛する男)の事を忘れてしまうことがあるでしょうか。そう、そうですよ、山からの風が笹の葉を終わりなくそよがせるように、私は決してあなたのことを忘れはしませんよ。

[解説・注釈]

大弐三位(だいにのさんみ,970年頃~1010年頃)は、57番作者の紫式部の娘であり、同じく一条天皇の中宮彰子に仕えた女御である。その後、後冷泉天皇(ごれいぜいてんのう)の乳母(めのと)になったことで、従三位にまで叙せられ昇進した。夫は九州の副長官である大宰大弐(だざいだいに)・高階成彰(たかしなのなりあき)であり、そのために『大弐三位』と称されるようになった。

歌にある『有馬山』は、摂津国有馬(兵庫県神戸市)の付近にあった山、『猪名の笹原(いなのささはら)』というのは摂津国河辺郡(現在の猪名川の周辺)にあった笹原である。平安時代中期にはこの辺りは一面の笹原の荒野であり、有馬山から吹き降ろしてくる風によって笹が常にそよそよと揺らされていたようである。『そよ』は笹が風に吹かれてそよいでいる時の擬音語であるが、指示語『そ』と感動の助詞『よ』が掛け合わせられたものである。

『後拾遺和歌集』の詞書(ことばがき)には以下のようにある。

かれがれになる男の、おぼつかなく、など言ひたるによめる。

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